はじめましての皆さまへ
……何度もお越しの皆様にも、あらためて

  2014/04/04  だいす堂代表 マスターふぢやん


  ここ1年ほどで、「TRPG初めてです」という方と、関東・首都圏各地のコンベンションでご一緒するケースが増えてきました。
 だいす堂でも、昨年後半はR−con、D−maxなど館林のイベント、そして年があけてからは伊勢崎での定例会にも「TRPG初めてです」「コンベンション初参加です」という方が目立つようになりました。 そこで、そうした方々へのメッセージになればと思い、このようなページをつくってみました。
 だいぶ長くなりますが、しばらくおつきあいください。

 昨今、TRPG関連の動画を見て、TRPGに興味を持ち始めた……という方が大勢いらっしゃいます。
 TRPGとは何だ? と質問されるたびに、私たちもいろいろな場面でいろいろな人に説明をしてきましたし、そのための文章も書いてきました。
 インターネット時代になり、ネット上にもいろいろな説明書きが転がっていますが、どれもこれもぱっと読んですっと理解できる、というものではありません。
 ですから、そういう方々にとって、『動画を見て理解してもらう』というのは、ものすごく画期的な事なのだ……ということを、私たちも最近になってやっと理解した、そんな状態です。

 ちなみに、まだそういった動画をご覧になったことがない、という方は、ぜひこちらからご覧になってみてください。
 おかしな演出などはなるべく排除し、TRPGの セッションをなるべく忠実に再現した、よい動画だと私自身も思います。

 クトゥルフ神話TRPG 能「舎界」 1/4    2/4    3/4    4/4

 さて。
 このような動画をご覧になって、「TRPGって面白そうだ」と興味を持ってくださった方々。
 あるいは、昨今ハヤリのブラウザゲーム「艦隊これくしょん」にはまり、その流れで「艦これRPG」を手にされた方々。
 リプレイや動画はたくさん見ているが、まわりに仲間がいなくて実際にTRPGに参加したことがない方々。
 いろいろな方々が、この文章をお読みになっていると思います。

 そのような皆さんが、気軽に私たち「だいす堂」の定例会やコンベンションにお越しになることを、私たちは諸手を挙げて歓迎いたします。
 ぜひ私たちとともに、TRPGシーンを盛り上げていく仲間になって頂きたい。
 そう願ってやみません。

 しかし、残念ながら、ここでひとつだけ。
 TRPGをやったことがない方々に、厳しいことを申し上げておきたいと思います。
 いや、やったことある人にこそ、我が身を振り返ってもう一度考え直して頂きたいことでもあります。

 TRPGは、コンシューマ・ゲームやブラウザ・ゲームを楽しむのとは、少しばかり勝手が違います。

 その違いを知らない人が、知らないままにTRPGのテーブルに初めて入り、大事故につながるという場面を、我々も何度か目にしてきました。

 ここではあえて、TRPGと電源系ゲームの大きな違いについて、代表なりの見解を述べてみたいと思います。

 あなたがブラウザゲームの「艦これ」を楽しんでいるとします。
 そこにいる『人間』はあなただけです。
「艦娘」をはじめとする、ゲームに登場する全てのキャラクターの視線はあなたに注がれています。
 世界はあなたを中心に回るといっても過言ではないでしょう。
 ゲームソフトはあなたを楽しませる義務を持ち、シナリオクリエイターもまたあなたを楽しませる義務を持ちます。
 あなたは、ただただゲームを楽しむ『権利』だけを有し、あなたが楽しめなかった場合、あなたのそのゲームに対する評価は『駄作』ということで決定し、それに異を唱える権利は誰にもありません。

 しかし、この部分において、多くの電源系ゲーム、それも『人間ひとり』で楽しむタイプのゲームと、TRPGとは決定的に違います。

 MMORPG(マシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲーム)などのオンライン・ゲームを楽しんだ経験をお持ちの方には、この違いがご理解頂けるかも知れません。
 
 複数の人が、それぞれのキャラクターを持ち、楽しむことを目的に集まっています。
 そしてそれをまとめ、ゲームを進めるための進行役としてゲームマスター(GM)が存在します。
 おそらくGMが1人に対しプレイヤー4人、5人でひとつのテーブルというのが、最も一般的なTRPGの形態でしょう。
 この5人が、「全員でゲームを楽しむ」というひとつの目的に向かって進んでいかなければ、ゲームは成立しないのです。

 そして当然、この5人が5人とも、感性がバラバラですから、何について最も楽しいと思うかというのはそれぞれです。

 ゲームマスターは、美しい物語を紡ぐことに喜びを見いだすかも知れません。
 プレイヤーA氏は、ひたすら強いキャラクターをつくり、戦闘で一体でも多くの敵を倒すことで快感を得るかも知れません。
 プレイヤーB氏は、アニメの主人公のような熱いセリフを口から垂れ流すことに生きがいを感じるかも知れません。
 プレイヤーC氏は、ただただしまかぜちゃんを愛していればそれで幸せなのかも知れません。

 このように、感性もバラバラ、志向もバラバラ、好きなものもバラバラな複数の人間が、ひとつのテーブルに集まっているのだ、という根源的な環境をご理解ください。

 このようにバラバラの人が集まったのでは、ゲームが成立しないのではないか。
 シミュレーション・ウォーゲームなどのボードゲームであれば、「勝利を目指す」というひとつの明確な目標がありますから、みんなが同じ方向を向きやすい。
 しかしTRPGは、「全員で楽しむ」という明確な目的こそあるものの、いかにも抽象的でわかりづらい。
 しかも、みんなの好みがバラバラだということはわかっている。
 ひとつにまとまるなんて、絶対に無理じゃないか。どうすればいいんだ。
 そう思うかも知れません。

 しかし、やってみると案外そうでもないのです。

 飲み会に参加したことがありますか。
 お酒が嫌いでなければ、気の合う仲間とさしつさされつ他愛もない話に花を咲かせることは楽しいものです。
 ところで、大人数でお酒を呑むときのたしなみというか、合図というか。マナーというと大げさなものですが、僕が学生の頃に先輩から教わったことがあります。

「自分のグラスにビールを注いで欲しかったら、他の人にビールを注いでやれ」


 というものです。
 手もとのグラスが空いて久しい。手酌でも気にしない、という人はそれでもいいですが、やはり味気ない。
 そういうときは、同じようにグラスの空いてるヤツを探せ。そしてそいつのグラスにビールを入れてやれ。そうすればそいつはイヤでもお前のグラスを見る。空いていれば「返杯」と称して注ぎ返してくるはず。
 相手が自分のグラスに注いできたら、それは自分のグラスに注いで欲しいという合図だと思え。相手もこっちが注いでやったら同じように思うだろう。それでもいいんだ。それで飲み会は楽しくなる。

 TRPGにも通じる教えだと思います。

 あえて厳しいことを言います。

 あなたと同じテーブルについた人たちは、あなたを接待するためにそこにいるわけではありません。

 コンシューマ・ゲーム機やゲームソフトは、あなたを接待するためにある、と言ってもいいでしょう。あなたはそれを手に入れる際に相応の対価を払ったのですから。
 しかし、コンベンションや定例会であなたと同じ卓についた方々は、あなたがそのゲームを楽しみたいのと同じように、ゲームを楽しむためにいるのです。

 彼らはあなたを大いに楽しませてくれるでしょう。それは、同様にあなたに楽しませて欲しいからです。
 あなたはゲームを楽しみたいと思うでしょう。同じテーブルについた人たちに楽しませて欲しいと思うでしょう。当然です。それはあなたの権利なのですから。しかし、その権利を行使するためには、同時にあなたは彼らを楽しませてあげる義務が発生するのです。あなたがゲームを楽しむことと、あなたが彼らにゲームを楽しませてあげることとは、表裏一体なのです。

 これはGMであろうとプレイヤーであろうと変わりません。

 具体例をあげましょう。

 いま定例会やコンベンションなどでよく遊ばれているゲームの多くは、「シーン制」をとっています。
 シーンプレイヤーを設定し、そのキャラクターを中心にシーンが描かれる、というものです。舞台上でその役者にスポットライトが集中している様を思い浮かべればいいでしょう。中にはサイコロフィクションなどのように、シーンプレイヤーにほぼすべての権限が移され、実質的なGMの役割を担わせるようなものもあります。
 あなたがもしシーンプレイヤーであるのなら、GMや他のプレイヤーはあなたに花を持たせる義務がありますから、あなたはその恩恵をめいっぱい享受すればよろしい。
 しかし、あなたがシーンプレイヤーでない時にまで、あなたが目立ちたいという欲求を押し通そうというのは間違いです。他のシーンプレイヤーにスポットが当たり、舞台の上で映えるように、盛り上げてあげるべきでしょう。

 たとえば「相棒」というドラマがあります。いまや国民的作品といってもいい、人気刑事ドラマです。
 確かに主役は右京さんです。多くの場合、フレームの中心には右京さんがいて、名推理を蕩々と語っています。
 しかし、常にスポットは右京さんに当たったままでしょうか。
 薫ちゃんが熱情たぎる口調で、「お前の考えは間違っている!」と犯人を論破しようとすれば、スポットは薫ちゃんに。
「なんで俺たちが特命の使い走りなんだよ……」ブツクサ言いながらイタミンが容疑者を尾行しているなら、スポットはイタミンに。
 崖の上で人質に銃口を向けながら、テロリストが犯行の動機を蕩々と語れば、スポットはテロリストに向けられます。そしてそんな時には、いくら主役でも右京さんが割って入って真ん中にきてしまうようなことはありません。

 誰がシーンプレイヤーなのか。
 誰に花を持たせるべきなのか。
 自分が前に出ていい場面のか。

 それを常に頭の隅に置いてセッションに参加すれば、多くの場合間違いは起こりません。
 シーンプレイヤーがヒロインとの語らいを楽しんでいる様子であれば、下手に邪魔する必要もないでしょう。
 逆に、シーンプレイヤーがどうしていいか迷っている様子であれば、励まし、手助けをするロールプレイがあってもいい。
 シーンプレイヤーが悪の手先を糾弾しているシーンであれば、援護射撃をするようなロールプレイがあってもいい。
 大事なのは、あくまでもスポットライトが当たっているのはシーンプレイヤーだということ。シーンプレイヤーからスポットライトを奪うことだけは、絶対に避けるべきです。
 他のプレイヤーがシーンプレイヤーのときに、あなたが彼に花を持たせるような行動、ロールプレイをすれば、今度はあなたがシーンプレイヤーのときに、彼もまたあなたに同じように花を持たせてくれるでしょう。

 そうやってお互いにギブアンドテイク、持ちつ持たれつゲームを進めていくことで、 TRPGのセッションは成り立っていくのです。

 プロレスと同じです。試合を、ただ勝った負けたではない、よりエキサイティングに、より魅力的にするためには、いかに相手の技を受けることができるかも大切なのです。
 相手が技をしかけてくるときには、自分の持てる技術を駆使して、相手の技が美しく見栄えするように受けてあげた上で、全力で痛がってみせる。
 そうすることで、今度は立場が逆転したとき、つまり自分が技をしかけるときに、相手もまた自分の技をしっかり魅せることができるようにきちんと合わせ てくれる。
 TRPGも然りです。そうやって、お互いに自分の見せ場、自分の楽しみを尊重し合うことによって、セッションは「ただのゲーム」以上のものになってくるのです。

「なんだ、そんな面倒なことをしなけりゃいけないんなら、ブラウザゲームのほうがラクだし楽しいや」

 ここまで読んできた方々の中には、そう思った人も中にはいることでしょう。
 我々はその方々に、異を唱える権利を持ちません。 確かに面倒です。仕方のないことです。それは、良いとか悪いとかではなく、ただ単に、その人がTRPGに向いていないというだけのことです。
 多くの趣味がそうであるように、TRPGにもまた『向き不向き』というのは、残念ながらあります。
 私たちは多くの皆さんにTRPGを楽しんでもらいたい、私たちの仲間に入って欲しい、と 思ってはいますが、向いていない人に無理強いしてまで入ってもらいたいとも、その人に苦痛を強いようとも思っていません。
 所詮趣味です。
 多くの約束事のもとに窮屈な思いをするくらいなら、画面から美しい画像や音声が流れてくるのをそのままに受け止め楽しむほうがラクだという人もいるで しょう。尤もなご意見です。

 でも、そうした多くの約束事を守りながら、様々な障害を乗り越えた結果、その時に集まった5人にしか紡ぐことのできない美しい物語が語られることもあります。手に汗握る戦闘に辛くも勝利した経験。愛しい恋人と別れなければならない悲劇。異世界からの邪悪な怪物から全員で協力し辛うじて逃げ切ることのできた安堵感と達成感。そうした様々な経験は、私たちにTRPGゲーマーにとって他のものでは得がたい経験なのです。
 私などはGMの側に回ることが多いものですから、10回のうち9回は、あそこがうまくいかなかった、あそこのやり方を間違えた、こうすればもっとうまくやれたのに、そんなことばかり考えるようなセッションばかりです。ところが、10回に1回ぐらい、身も心も震えるような、最高のセッションを経験することがある。そんな経験があったりすると、TRPGがやめられなくなるのです。多くの条件が重ならなければ、そんな経験は起こりません。でも、その10回に1回のために、きょうも夜中の2時3時までかかって、シナリオを作ったりするのです。因果なものです。

 「セッションを楽しむ」というひとつの目的に、GMとすべてのプレイヤーの心 がひとつにまとまったとき、セッションは輝きを増します。時としてそれは、GMの用意したシナリオや想定を大きく超えるものであったりします。
 電気を必要とするゲームは、多くの場合キャラクターの行動がシナリオを大きく逸脱することはありません。シナリオの範疇内で楽しみ、シナリオを読み解き、シナリオに感動します。
 TRPGにおいても、まあ多くの場合は同じなのですが、時としてGMもプレイヤーも 誰ひとり想定していなかった結末に行き着くことがあり、それが大きな感動を呼ぶことすらあります。これは、経験してみないとわからないことです。コンピュータに司られたゲームでは、こういうことはまず起こりません。

 懐古主義者の遠吠えととられても、反論はしません。
「電気を使うゲームなんかより、TRPGのほうが百万倍面白い!」なんて、青臭いセリフを、僕も学生時代には吐いてました。
 その頃僕にとっての「電気を使うゲーム」は、高校時代なぜか部室にあった14インチテレビと『ファミコン』、まっぴーだのぱっくまんだのゲームキャラの寄せ集めみたいなチームにコテンパンに叩きのめされる阪急近鉄南海連合軍でした。あれから20年。ゲーム機の技術も、ゲームソフトも格段に進歩しました。声優がキャラクターの声をあて、アニメのように登場人物が普通に話し、歌い、微笑む。そして戦闘シーンともなれば、大迫力の画面、勇壮なBGMとサラウンドの効果音。

 今おなじセリフを吐けったって、吐けやしません。
 人間の想像力は無限なんて言いますが、案外微々たるもんです。

 それでも、TRPGには、コンシューマ・ゲームやブラウザ・ゲームにはない楽しみ方があります。
 TRPGにしかない、魅力があるのです。

 それをぜひ、私たちと一緒に体感してみて頂きたい。 そしてもし、「TRPGも悪くないじゃないか」と思って頂けるのであれば、ぜひ私たちの仲間になって頂きたい。
 それが「だいす堂」であれば一番嬉しいですが、なにも「だいす堂」ばかりがサークルではありません。お住まいの近所に、サークルの活動拠点はありませんか?『ロール&ロール』誌などが助けになります。最近はそうしたサークル情報を、"twitter"で得る人も多いのだそうです。ぜひ参考にしてみてください。
 近くにサークルがない、という方でも、オンラインで楽しむ方法もあります。こちらは少しばかりの機器と技術が必要ですが、TRPGを楽しむための重要な手段のひとつになりつつあります。

 どのようなカタチでもけっこうです。
 ぜひ、TRPGに触れてみてください。
 それは、人と触れあうことです。
 人と触れあうことで、趣味は趣味以上のものとなり、楽しみは奥行きを増してゆきます。 
 そして、いかなる趣味であっても、それが人と触れあうものである限り、共通の原理原則。

『お互いに相手の立場に立って考え行動すること』

 これこそ私たち『だいす堂』の設立以来の理念でもあり、多くのTRPGゲーマーたちにとって最もたいせつな約束事でもあります。
 長々と語ってきましたが、そのすべては上記のワンフレーズに集約されると考えます。
 長々とおつきあい頂き、ありがとうございました。 
 ここまでお読み頂き、私たちの考えにもし共鳴してくださるときには、ぜひお気軽にお声がけください。
 皆さまからのアプローチを、心よりお待ちしております。
 uketuke=at=dice-do.from.tv(= at=を@に変えてご使用ください)
※「だいす堂」は予約なしご連絡なしでいきなり会場に来て頂いてもご参加頂けますが、首都圏のサークルさんは『完全予約制』をとっているところも多いです。事前にサークルごとの公式サイトをご確認ください。